今回は、世界的な自動車部品メーカーであるTPR株式会社様にインタビューしました。ISSUEは、新規事業である人の気持ちがわかるロボットである、「CoRoMoCo®」(コロモコ)の市場調査を伴走支援させていただきました。
インタビューでは、大企業の新規事業を進めることの難しさとその乗り越え方、そして新規事業にかける想いについて伺いました。
写真左から
水野(株式会社 ISSUE RESEARCH & TECHNOLOGIES 代表取締役社長)
内田様(TPR株式会社 新事業開発企画室 主査)
── CoRoMoCoについて教えてください。
内田様(以下、敬称略):CoRoMoCoは「人の気持ちがわかるロボット」です。
現在は介護施設の入居者さん向けに提供しています。日常生活の中で会話の機会が限られていることの多い入居者さんに、人の気持ちに寄り添いおしゃべりのできるCoRoMoCoを通じて、気軽に会話できる場を提供します。また入居者さんの「笑顔度の状態」や「心拍の測定」を測定する機能も備え、介護士さんやご家族が健康状態や生活の変化を把握できるようになっています。
入居者さんのコミュニケーションの機会を増やしながら、入居者さんの様子を見守る手助けとなり、より安心できる介護環境のサポートを目指しています。
── CoRoMoCoを始めた背景を教えてください。
内田:会社として新規事業に注力する方針が示されたことが大きなきっかけです。当社はエンジン部品を中心とした自動車部品メーカーですが、日本国内でも車を購入する人が減少するなど、自動車業界全体が厳しい状況になりつつあります。またEVやFCVの普及もあり、会社としてエンジン部品に依存しない事業の必要性が高まっていました。
そのような状況下で、数年前に会社から「今、変わらなければ未来はない」と非常に強いメッセージが社内に発信されました。さらに、それを具体的な形で、「新規事業やスタートアップ出資など成長分野へ300億円の投資を行う」という考えが示されました。
単なるスローガンではなく、具体的な投資額が示されたことで、会社として本気で変革に取り組む姿勢が伝わりました。この危機感が伝わり、私自身も「今動かなければ」と強く感じました。そして新規事業の社内公募に応募し、新事業開発に取り組むことになりました。
── どのようにCoRoMoCoのアイデアが生まれたのですか?
内田:新規事業創出にあたり、2050年の未来の姿を考えるワークショップを行いました。私は「2050年には人とAIが共に暮らし、寄り添う時代が来るのではないか」と予想しました。その社会の実現には、AIが人の感情や状態を理解することが重要なので、「人の気持ちを理解し、寄り添うロボット」を作ろうと決めました。それが事業のスタートです。
── なぜ介護施設の入居者さん向けに作ろうと思ったのですか?
内田:最終的にはCoRoMoCoを年齢問わず全ての人に届けたいと考えていますが、最初に介護施設の方に向けて開発している理由は二つあります。一つは、当社のグループ会社が介護施設を運営しているので、現場のニーズを直接収集しながら、より実用的なロボットを開発できる環境が整っているからです。
もう一つは、私の幼少期の経験です。幼い頃、離れて暮らす祖母が「話し相手がほしい」と言っていました。そこで簡単な会話ができるおもちゃを渡しましたが、満足してもらえませんでした。会話が一方通行で誤作動も多く、心の距離を埋めるものにはならなかったのです。この経験から、寂しさを感じている高齢者やその家族の助けになるものを作りたいという思いが生まれました。
── 会社の環境と、内田さんの原体験が掛け合わさって生まれた事業なのですね。
内田:介護施設を訪れるたびに、いつも思うことがあります。正直なところ、自ら望んで施設に入る入居者さんばかりではありません。今までの生活環境から離れて暮らすことになり、その変化に苦しんでいる方は少なくありません。介護士さんも忙しく、十分に話し相手になるのが難しい現状があります。
だからこそ、私自身も「入居者さんに少しでも元気になってほしい」と強く思いますし、CoRoMoCoが「自分を必要としてくれる存在」としてそばにいることで、大きな支えになるのではないかと考えています。
水野:新規事業というのは、どんな分野であっても課題だらけです。だからこそ、事業に対して本当に強い想いがなければ、乗り越えることは難しい。逆に、その想いがあれば、どんな課題にも正面から向き合って解決していけるのではないかと、内田さんのお話を聞いて感じました。
内田:そうですね。自分が本当にやりたいプロジェクトでなければ、ここまで進められなかったと思います。最初から企画のオーナーとして立ち上げ、それを軌道に乗せるまで責任を持つ。そういう環境を会社が用意してくれたおかげで、最後までしっかりと引っ張っていくことができています。
── 新規事業の市場調査を当社にご依頼いただいた理由をお聞かせください。
内田:今回の新規事業は未経験の分野・業界だったため、より深い市場理解が必要でした。もちろん、数字が並んだレポートを入手するだけなら他社でも可能ですが、それだけでは十分ではないと感じていました。
ISSUEさんは、単なるデータ提供だけでなく、調査結果をもとに示唆を出してくれる点が魅力でした。数字の分析だけでなく、深い考察や意見を盛り込んでまとめてもらえることが、未経験の領域に挑戦する私たちにとって、大きな助けになると考え、お願いしました。
── 内田さんは、CoRoMoCoを提案する前は新規事業部門ではなかったのですよね?
内田:はい、以前はピストンリングの設計をしていました。分野は全く異なりますが、もともと新しいものを企画するのが好きで、大学時代も企画系のサークルに参加していました。そうした経験もあり、新規事業への挑戦には前向きでした。
それに加えて、経営層のメッセージに強く共感したのも大きかったです。会社が変わろうとするタイミングで、自分のアイデアを形にする機会があるなら、挑戦する価値があると考えました。
── 大企業に入る方って、どちらかというと堅実に出世することを希望される方が多い印象があります。「新規事業が失敗したら…」とリスクを考えて、不安になりませんでしたか?
内田:あまり不安には思いませんでした。「大企業=安定」という価値観も変わりつつありますし、会社に勤め続けることがすべてではないと考えています。極端な話、自分よりも会社の寿命の方が短い可能性だってあると思っています。
だからこそ、会社に依存せず、自分の可能性を広げることも大切だと思います。もちろん、会社の成長に貢献することは大事ですが、それは「この会社に骨を埋める」という前提ではなく、「自分のできることを増やしていった結果として会社も成長する」という流れが理想だと考えています。
── 新規事業を立ち上げる際に大変だったことはありますか?
内田:やはり、会社として未経験の分野に挑戦することが最も大変でした。アイデアや事業の進め方など、道筋はある程度見えていました。ただ、それをどのように社内で理解・共感を得るかといったプロセスが大きな課題でした。
当社は創業85年の歴史を持つ企業です。長い歴史があることは強みですが、新しいことに挑戦する際には、これまで築いてきた形を大切にする意識が働きやすい面もあります。特に、未経験の分野への投資は、経営層にとって慎重な判断が求められるものでした。そのため、納得感を持ってもらえるよう、どのように提案するかが重要でした。私自身も交渉の経験がほとんどなく、メンバーの協力を得ながら、支援してくれる役員に理解してもらい、その上で経営層へ提案するまでの過程に試行錯誤しました。
── 大企業の新規事業では、関係者の理解を得ることも重要ですね。社内の承認を得るために工夫されたことはありますか?
内田:最初の経営層への報告会で「演劇」のような形でプレゼンをしました。まだ試作機がない段階だったので、市販のロボットを使い、簡単なシナリオを作って実演しました。孫役を私が、協力者の方が祖母役になり、「ロボットが会話をサポートすると、こういうやりとりが生まれる」というシーンを演じました。それを見てもらい、実現したい世界観を体感してもらえたことで、試作のための予算を確保できました。
── 演劇形式のプレゼンはすごく効果的ですね。 伝え方の柔軟さが素晴らしいと思います。
内田:ありがとうございます。「魅せる」ことを意識しました。最初に「こういう世界観を実現したい」と示し、プロトタイプができたら「ここまでできる」、展示会では「これだけの反響があった」と、段階を踏んで認知を広げました。こうすることで社内の理解を得やすくなりました。
新規事業を成功させるには、仲間を増やすことが重要です。ワクワクするプレゼンや伝え方を工夫することで、協力者が増え、プロジェクトが前に進みやすくなると実感しました。
── どのようなチームで新規事業に取り組まれていますか?
内田:現在、7名のチームで活動しています。技術、マーケティング、セールス、相談役、品質管理など、それぞれの専門分野のメンバーが集まっています。年齢層も20〜30代と比較的若く、また私以外は全員が中途採用で入ってきたメンバーです。
水野:大企業が新規事業を立ち上げる際、既存の企業カルチャーの中で働いてきた社員とは別に、新規事業専用の独立したチームを作り、そこに中途採用の人材を加えることがあります。しかしそうした場合、マネジメントの面で課題が生じることが多いと聞きます。チームビルディングについて、何か課題はありましたか?
内田:正直に言うと、全然うまくできていません(笑)。散々怒られましたし、メンバーからも色々と指摘を受けました。僕自身、まだマネジメントのスキルが十分ではないので、今はとにかく「自分が一番頑張る」姿勢を見せることで、チームの協力を得ています。本来なら、もっと効果的にモチベートすべきですが、今はひたすら自分が全力で取り組むことで、何とか進めている状態です。
── それこそ一番大事なことだと思います。
内田:そうですね。「やりたい人の集まり」だからこそ成り立っているチームだと思います。自らの意志で入ってきた人たちの集まりだからこそ、強い意志を持って取り組めているんだと思います。逆に上からの人事異動で配属された場合、課題が多くなると思います。本当に、最高の環境をいただいていると感じています。
── 今後、どのようなサービスにしていきたいですか?
内田:現在は介護施設向けに販売をスタートしましたが、今後は個人のユーザーにも提供予定です。私たちが目指すのは、「一人ひとりがCoRoMoCoと共に暮らす社会」です。それを2050年のビジョンとしています。高齢者だけでなく、幅広い世代に使ってもらえるサービスを目指しています。
その一環として「CoRoMoCoHOUSE」を一般の方にも開放し、施設向けに限らず発信しています。より多くの方にロボットに触れてもらい、多様な世代のニーズを収集する場として活用していきたいと考えています。
── この新規事業の取り組みを通じて、会社にどのような影響を与えられると思いますか?
内田:この取り組みが会社にとって「新規事業創出のロールモデル」になれたらいいなと思っています。
最初の公募からは選考の結果3名が集まりましたが、想定よりも合格者は少ない印象でした。その理由の一つは、社内に成功事例がないことだと感じました。僕が先陣を切って新規事業を成功させることで、「こうすればうまくいく」という具体的なモデルを示せると思います。その結果、「自分もやってみたい」と思う人が増え、新規事業への挑戦がもっと活発になるはずです。もちろん、そのためには会社の仕組みも少しずつ変えていく必要がありますが、まずは僕自身がこの事業を成功させることが大事かなと。そうやって、新規事業に挑戦しやすい環境を作っていきたいです。
── まさに、大企業の新規事業担当者のロールモデルですね。内田さんの想いと会社の後押しが、事業の力強い推進力になっていますね。本日はありがとうございました。