スタートアップと共に新しい価値を創る。Niterra 水素の森ファンドの挑戦。

#新規事業

今回は、日本特殊陶業株式会社様(以下、日本特殊陶業様)にインタビューしました。
ISSUEは、日本特殊陶業がベンチャーキャピタルと共同で設立したCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)ファンド「水素の森投資事業有限責任組合」(呼称:Niterra 水素の森ファンド)での、投資検討企業への調査を伴走支援させていただきました。

インタビューでは、グローバルスタートアップ投資における難しさとその乗り越え方、そしてNiterra 水素の森ファンドが大切にしていることについて伺いました。

プロフィール

写真左から
久禮様(日本特殊陶業株式会社 グローバル戦略本部 サステナビリティ戦略室)
水野 (株式会社 ISSUE RESEARCH & TECHNOLOGIES 代表取締役社長)


水素社会・炭素循環型社会の実現を加速させたい。CVC設立の背景

── 御社がNiterra 水素の森ファンドを始められた背景やきっかけについて教えてください。

弊社は2024年5月に、水素社会・炭素循環型社会の早期実現を目指して「水素の森」プロジェクトをスタートしました。水素・炭素循環関連の開発に取り組むスタートアップを対象に、CVCファンドによる投資支援と、実証フィールドという実験・共創の場の提供による成長支援を行っていくというものです。このプロジェクトの発端は、地域社会の発展を目指し、さまざまな方々と実証実験を進めていきたいという思いからでした。ただ、単に「場があります」と言うだけでは企業は集まらないだろうと考えました。一緒に取り組みたい企業があっても、ファンドがなければ参画してもらうのは難しいと思い、Niterra 水素の森ファンドを設立しました。

── 「地域社会」というのは、愛知県を指していますか? 

基本的には日本全体を見据えていますが、まずは、本社を置く地元・愛知県を中心に展開しています。特に弊社のマザー工場がある小牧市をはじめとする地域から徐々に広げ、最終的には、日本における水素社会や炭素循環型社会の実現を加速させることが目標です。それが私たちの大義ですね。

久禮様(日本特殊陶業株式会社 グローバル戦略本部 サステナビリティ戦略室)

── 立ち上げから半年が経ちましたが(2025年1月取材)、この期間を振り返っていかがですか?進捗や課題についてもお聞かせください。

スタートアップと接する機会の数自体は、手応えを感じています。ただ、内容の面では苦労した点や、間違えたと感じる部分もありました。プロジェクトのメンバーにCVCに携わった経験がなかったため、最初はどのようにスタートアップと向き合うべきか分からず進めてしまった部分があります。

例えば、私たちは80年続く製造業の企業なので、その視点から話をしてしまい、いわゆる大企業特有の考え方が出てしまったこともありました。

── その点は自分たちでは気づきにくい部分だと思います。何か気づくきっかけがあったのですか?

CVCを共同で設立したベンチャーキャピタルの方やスタートアップ経営者へのヒアリングを通じて気づきました。自分たちの態度を振り返ると、「これは大企業の考え方が出てしまっていたな」と思う場面があり、意識することで少しずつ改善できると感じています。

また、他の課題として、大学発スタートアップとの関係構築が挙げられます。大学発スタートアップは立ち上げ初期の段階では、特定の企業の色がつくことを避けたいと考えることが多いのですが、私たちのファンドが関わることで、「日本特殊陶業の色がつくのでは?」と懸念を持たれることがありました。そんなつもりはなかったのですが、そういった印象を与えてしまったことで、うまく進まなかったケースもありました。最近はそこから学び、関係の築き方を工夫するようになりました。

グローバルスタートアップ投資の難しさ

── Niterra 水素の森ファンドでは、将来的に国内とグローバルのスタートアップ支援の比率をどのように考えていますか?

金額ベースではほぼ半々か、やや日本の方が多くなる想定です。為替の影響で多少の変動はありますが、案件数で見ると、日本のスタートアップが7〜8割を占めるようにしたいと考えています。

── グローバルのスタートアップ投資では、国内と比べて検討プロセスや論点が増えるのではないかと思います。特に難しく感じる点について教えてください。

一番難しいのは、私たちの大義が「日本の水素社会・炭素循環型社会の発展」に貢献することを前提としている点です。海外の技術はもちろん重要ですが、投資先の経営者が「日本市場には興味がない」という場合、投資の対象になりにくいのが現実です。そうならないために、「この技術や事業が、どう回り回って日本のためになるのか」を見極める必要があります。それが明確でないと、具体的な出資の検討には進めません。

── その点について、海外スタートアップの経営陣とはどのように話されていますか?

率直に「日本やアジアの市場に興味がありますか?」と聞きます。「興味がある」という回答であれば、具体的にどの程度の関心があるのかを見極めるようにしています。すでに日本企業と取引があるケースもあれば、「興味はある」と言いながらも単なるリップサービスのこともあります。その違いを慎重に判断することが重要ですね。

── 実際に、日本市場に本当に関心を持っているグローバルスタートアップはどのくらいいるのでしょうか?特にDeep Tech系の企業が多い印象ですが、その観点からのご意見もお聞かせください。

日本は、水素の分離膜技術など分子レベルの技術分野に強みがあり、その分野のスタートアップは日本市場に一定の関心を持つことが多いです。ただ、日本の市場は分散型で、大型プラント型のビジネスよりも地産地消型の事業が適しているケースもあります。ヨーロッパにも同様の方向性を持つ企業があり、そういったスタートアップとは相性が良いと感じています。

── 具体的な実務の観点から見て、グローバルスタートアップ投資だからこそ難しい点はありますか?

言語の壁もありますが……。海外のスタートアップのCEOはプレゼンスキルが高いと感じます。こちらのシンプルな質問に対してもアピールポイントが次々出てきて、そこは日本とは少し違うなと思います。ただ、逆に情報量が多すぎて、核心の部分が見えにくくなってしまう場合があります。英語でのやり取りということもあって、ヒアリング後に「結局、この会社の一番の強みは何だったのか?」と整理に苦労することもあります。

── 確かに海外のCEOは、たくさん話す方が多いですね(笑)。

もうひとつ難しいのは、Win-Winの関係性の捉え方ですね。海外のスタートアップは、かなり直接的な利益を重視する傾向があります。

例えば「水素の森プロジェクトで実証実験をしませんか?」と提案する際、私たちは「実証の場を提供するので、一緒に取り組みましょう」という姿勢です。しかし、彼らは少し捉え方が違い、「私たちの技術を取り入れたいのであれば、提供します」という感覚なんです。

海外のスタートアップのWin-Winの考え方は、日本企業より短期的に捉えていて、その点は価値観の違いを感じることが多いです。

── グローバルスタートアップ投資を成功させるために重要だと思うポイントはありますか?

難しい質問ですが、この半年の経験を通じて感じたのは、やはりチーム力の重要性です。日本でも同じですが、強いチームを持つ企業は成功しやすいと実感しています。

訪問した企業の中には、特に素晴らしいチームがありました。メンバー全員がプロフェッショナルで、仕事が丁寧で早く、技術力も高い。それだけでなく、親切で協力的な雰囲気があり、理想的なチームだと感じました。

他には、多国籍のメンバーが集まり、多様性を活かしながら強いチームワークを築いている企業もありました。異なるバックグラウンドを持つ人々が、互いに補い合いながら連携しているのが印象的でした。

Niterra 水素の森ファンドの未来

── 改めて、御社のスタートアップ投資に対する思いやこだわりについてお聞かせください。

Niterra 水素の森ファンドは、一般的なCVCとは少し異なります。企業のサステナビリティ戦略の一環として運営されており、投資においてもサステナビリティを最優先に考えています。そこはこだわりだと思います。

企業シナジーが薄かったり、財務リターンがすぐには見込めないケースでも、「この技術が成功すれば大きな価値を生むかもしれない」と感じるものには支援したいと考えています。特に、大学発のスタートアップや、設立間もないスタートアップも投資対象としています。

「社会貢献」という言葉を使うと綺麗事に聞こえるかもしれませんが、実際のところ、そうした側面もあります。ただ、ファンドとしては当然リターンも求められます。リターンを意識しながらも、「この技術が世の中に貢献するか」を重視したいですね。

── このスタートアップ投資の取り組みが、貴社の未来にどのような可能性をもたらすと思いますか?

弊社は、今後注力する事業分野として「環境・エネルギー」、「モビリティ」、「医療」、「情報通信」の4つを掲げています。その中でも特に、環境・エネルギー分野の売上比率を伸ばすことが目標であり、「水素の森」プロジェクトもその一環です。

具体的には、弊社のエネルギー関連事業部門で水素関連の技術開発を進めていますが、自社だけでは解決できない課題もあります。そこで、スタートアップとのコラボレーションを通じて足りないピースを補い、新たな価値を創出することを目指しています。

── スタートアップとの連携で事業の可能性を広げていくということですね。

そうですね。そしてもう一つ大きな意味があるのが、社内へのメッセージです。弊社は80年以上にわたりスパークプラグなどの内燃機関関連ビジネスを基盤としてきました。しかし、今後の市場環境を考えると、新たな事業を創出する必要があります。

その中で「水素の森」プロジェクトを進めることは、社内に対して「企業として変革していく」というメッセージを示す役割も担っています。従業員にも「新しい分野に挑戦し、未来をつくる」という意識を持ってもらい、意識改革につなげていきたいと考えています。

── CVCの立ち上げや新規事業の推進では、既存事業との関係が重要ですよね。特に、既存事業が主な収益源である一方、新規事業は収益化に時間がかかる段階だと思います。そうした中で、社内の他部署の皆さんは現在の取り組みをどのように見ていますか?

正直、まだ完全には分析しきれていませんが、少しずつ理解は広がっていると感じます。ただ、具体的に何をやっているのかが社内全体に浸透しているわけではなく、その点は課題ですね。しかし、「環境」「水素」「炭素循環」といったキーワードは社内でも認識されており、共通理解は生まれつつあります。

弊社の内燃機関関連技術も環境負荷低減の開発を進めているため、「水素の森」プロジェクトと接点が生まれる可能性は十分にあります。例えば、現在の製造工程ではガスを燃焼させてセラミックを焼成する工程がありますが、もし合成ガスを活用できれば、カーボンニュートラルの実現につながるかもしれません。こうした形で、既存事業の製造プロセスにも応用できる技術を見つけていきたいと考えています。

── 実際、投資の検討段階で事業部の方と意見交換をされることもありますか?

はい、特にエネルギー関連事業部門とは密に連携しています。ファンドの投資のプロセスの中に、技術の新規性や難易度、シナジーの可能性を確認するために、事業部の意見を取り入れています。また、技術評価には第三者の視点も重要です。外部の専門家の意見を求めるため、ISSUEさんにご依頼しました。

── ありがとうございます。弊社にご依頼いただいて、実際いかがでしたか? 

とても満足しています。リクエストにも的確に対応してもらえましたし、比較データが欲しいと伝えた際も、ざっくりした要望でもしっかりレポートに反映されていました。特に、納期が短い依頼にも対応していただけたのは大変助かりました。アウトプットの質も非常に高かったです。

── そう言っていただけて大変嬉しく思います。CVC自体が、予測しにくい未来に向けた投資をする仕事でただでさえ難易度が高く、且つDeep Tech領域自体も非常に実態が見え難い中で、お力添えさせて頂けたことを光栄に思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。