
仲介会社やFAから提示されたアドバイザリー契約書。目の前にあるものの、どこを重点的に見ればよいのか判然としない。案件を前に進めたい気持ちもあり、細部を詰めきらないまま署名してしまう。M&Aの経験がまだ浅い段階では、よくある場面だと思います。
買い手にとって最初に問うべきは、報酬の料率ではありません。そもそもレーマン方式で受けるのかという点です。レーマン方式は取引金額が大きいほど報酬が増えるため、安く買いたい買い手とアドバイザーの利害は逆を向きます。方式を受け入れるとしても、次に効くのは料率ではなく算定の基準額です。同じレーマン方式でも、基準額を譲渡額とするか移動総資産額とするかで支払額は大きく変わります。加えて業務範囲、専任条項、テール条項、直接交渉禁止条項、資金調達の優先権といった条項は、契約終了後や自社の活動範囲、次の借入にまで影響します。
この記事の要点
- 買い手にとってはレーマン方式そのものが利益相反。定額方式への変更が交渉の第一手になる
- 報酬額を決めるのは料率ではなく基準額。同じ案件・同じ料率表でも2,000万円変わる
- 小規模案件では、料率よりも最低報酬額のほうが実質的に効く
- 業務範囲、専任条項、テール条項、直接交渉禁止条項、免責条項は、契約終了後や自社の活動範囲にまで及ぶ
- 金融機関系のアドバイザーには資金調達の優先権条項が入る。買収ファイナンスの相見積もりが取りにくくなる
- 支払総額は成功報酬だけではない。実費、消費税、弁護士費用、デューデリジェンス費用は業務範囲の外にある
目次
契約の前に決めること——仲介か、自社側のFAか
報酬や条項を読む前に、決めておくべきことが1つあります。相手が仲介者なのか、自社側に立つFAなのかです。
仲介者は売り手と買い手の双方と契約し、双方に助言します。FAは一方のみと契約し、その一方のために助言します。中小M&Aガイドラインが契約締結前の説明事項として最初に挙げているのも、この違いです。
仲介者は構造的に利益相反を抱えます。譲渡価格は売り手には高いほうがよく、買い手には安いほうがよい。双方から手数料を受け取る立場では、どちらかの利益を優先する動機が生じます。ガイドラインはこれを構造的な利益相反のリスクと呼び、仲介者に対して、バリュエーションやデューデリジェンスといった一方当事者の意向が反映されやすい工程の結論を決定しないよう求めています。
買い手側の立場では、この点はさらに重くなります。当事者が上場企業であれば株主による監視も働くため、仲介パターンでの起用は原則として避けるべきです。非上場中小企業の案件でも同じことが言えます。あわせて、報酬面で期待しすぎないことも必要です。仲介にしたからといって、支払う報酬が半額になるわけではありません。
ただし、仲介経由の案件が買い手にとって常に不利というわけではありません。仲介やマッチングサービス経由の案件では、売り手側に専属のアドバイザーが付いていないことが多く、複数の買い手を競わせて価格を最大化する動きが起きにくい。価格形成という一点だけを見れば、買い手に有利に働く場合があります。
避けるべきなのは、仲介経由の案件そのものではありません。仲介者しか関与していない状態です。その状態では、価格の妥当性検証と契約条件の設計という、自社の利益を守る機能が誰にもない。この機能を自社に持つのか、自社側のアドバイザーに持たせるのか。それを決めるのが本題です。
そして持ち込み案件では、案件情報と売り手との関係を持っているのが持ち込み機関である以上、その機関を外して別のアドバイザー経由に切り替えることはできません。選べるのは、関与の形と、自社側に誰を立てるかです。案件に興味を示す前にここを確認しておかないと、契約条件を議論する余地が先に失われます。
持ち込み側が仲介での関与を求めてきた場合は、最初にこう伝えておくのが有効です。株主に対する説明の観点から、当社は仲介形式でのM&Aは行わない方針である。当社側でもアドバイザーを立てる前提でこの案件に対応したいが、差し支えないか。上場企業であれば、この一言を最初に置けるかどうかで、その後の交渉の前提が変わります。
報酬は「料率」ではなく「基準額」で決まる

レーマン方式の仕組み
M&Aの成功報酬は、レーマン方式で算定されるのが一般的です。取引金額を段階に分け、金額が大きくなるほど料率が下がる仕組みです。
中小M&Aガイドラインが一例として示す料率表は次のとおりです。
| 基準となる価額 | 乗じる割合 |
|---|---|
| 5億円以下の部分 | 5パーセント |
| 5億円超10億円以下の部分 | 4パーセント |
| 10億円超50億円以下の部分 | 3パーセント |
| 50億円超100億円以下の部分 | 2パーセント |
| 100億円超の部分 | 1パーセント |
段階の区切り方と料率は各社で異なりますが、買収金額に応じて1パーセントから5パーセントの範囲が適用されることが多いです。レーマン方式を採用せず一律の割合を乗じるケース、定額とするケース、弁護士や会計士のようにタイムチャージとするケースもあります。契約書の表を確認してください。
大型案件では考え方そのものが変わります。大企業マーケットではレーマン方式ではなくアドバイザーと依頼企業の相対交渉で報酬が決まることも多く、1,000億円以上の買収案件では買収金額の0.5パーセント程度が目安とされます。
なお料率表は税抜で示されるのが通例です。総額を見積もるときは消費税分を上乗せしてください。
ここまでは広く知られている話です。問題は次です。
基準額の取り方で支払額が変わる
レーマン方式でいう「基準となる価額」が何を指すのかは、契約書の定義次第です。中小M&Aガイドラインは、成功報酬の基準となる価額として次の3つを挙げています。
| 基準額の定義 | 内容 | 買い手にとっての意味 |
|---|---|---|
| 譲渡額(譲受額) | 譲り受けた金額そのもの | 最も小さくなる。理解しやすく、買い手が求めるべき基準 |
| 純資産額 | 資産と負債の差額。簿価純資産額を用いることが多い | 小規模な対象会社で使われる。債務超過だとゼロ以下になるため成立しない |
| 移動総資産額 | 譲渡額に負債額を加えた額 | 最も大きくなる。同じ譲渡額でも借入金が多いほど報酬が上がる |
FAや大型案件では、これとは別の考え方が使われます。買収金額とは企業価値を指す、という整理です。企業価値は株式価値に有利子負債を加えた額なので、たとえば対象会社の株式価値が10億円、引き継ぐ有利子負債が100億円であれば、買収金額は110億円。これに料率を乗じて成功報酬が算定されます。負債を基準に含めるという点で、移動総資産額と発想は同じです。
いずれの世界であっても、確認すべきは料率の数字ではなく、その料率を何に掛けるのかという定義です。ここを読み飛ばすと、想定していた金額と実際の請求額が乖離します。
同じ案件で2,000万円変わる
どれくらい変わるのか。中小M&Aガイドラインが挙げる事例——譲渡額5億円の株式譲渡が成立し、負債額が5億円のケース——の数値を使い、基準額だけを入れ替えて計算します。移動総資産額は10億円になります。なおガイドラインの事例自体は移動総資産額を基準とした場合のみを税込で示しているため、ここでは比較のために両方を税抜で並べています。
| 基準額の取り方 | 計算 | 成功報酬(税抜) |
|---|---|---|
| 譲渡額(5億円) | 5億円×5パーセント | 2,500万円 |
| 移動総資産額(10億円) | 5億円×5パーセント+5億円×4パーセント | 4,500万円 |
同じ案件、同じ料率表で、差は2,000万円。報酬は約1.8倍になります。負債の多い会社を買収する場合、この差はさらに開きます。契約書の一行の定義が、これだけの金額を動かします。
最低報酬額は、想定案件規模との見合いで見る
もう一つ、料率より実質的に効くのが最低報酬額です。
多くのアドバイザリー契約には最低報酬額が設定されています。取引金額が小さくても、この金額は発生します。中小M&Aガイドラインは、対象会社が小規模である場合には基準となる価額が小さく十分な成功報酬を確保できないため、最低手数料を設けている仲介者・FAは多いとしており、具体例では500万円(譲渡額基準)、1,000万円(移動総資産額基準)が示されています。
水準はプレーヤーによって大きく異なります。目安としては、外資系投資銀行で2億円から3億円程度、日系証券会社とメガバンクで2,000万円から3,000万円程度、地方銀行で数百万円から1,000万円程度。想定する案件規模と桁が合っているかを、料率よりも先に確認してください。
数億円規模の案件を想定しているのに最低報酬額が数千万円の相手と組めば、レーマン方式で計算した金額を最低報酬額が上回り、実質的な報酬はそちらで決まります。
買い手なら、レーマン方式そのものを疑う
ここまでは基準額の取り方の話でした。しかし買い手には、その手前に問うべきことがあります。レーマン方式で受けるのかどうかです。
レーマン方式は取引金額が大きくなるほど報酬額が増える構造です。売り手にとっては、高く売れれば報酬も増えるという点で利害が一致します。買い手にとっては逆です。安く買えたほうが得なのに、アドバイザーの報酬は高く買ったときに増えます。
これを回避する最も直接的な方法が、成功報酬を定額方式にすることです。金額に連動しない報酬にしてしまえば、アドバイザーが高く買わせる動機は消えます。買い手として起用するなら、基本的に定額方式が望ましい。報酬条項を見るときの出発点はここです。
中小M&Aガイドラインも同じ方向の記述を置いています。譲り受け側については、譲受額が高くなるほど手数料の金額も高くなり負担感が増すため、定額など異なる算定方法とすることもある、としています。双方から手数料を受領する仲介者の場合には双方を定額とする例も挙げられています。
つまり定額方式は、買い手側から持ち出してよい論点です。案件規模の見通しが立っているなら、レーマン方式の料率を削る交渉よりも、方式そのものを定額に変える交渉のほうが効きます。
報酬の発生タイミングを分解する

5つの支払いポイント
報酬は成約時に一括で払うとは限りません。契約によって発生タイミングが分かれます。
| 種類 | 発生タイミング | 水準の目安 |
|---|---|---|
| 着手金 | 契約締結時 | 中小M&A仲介では50万円から200万円程度。無料とする会社もある。FA・ミドルマーケットでは300万円からが一般的 |
| 月額報酬(リテイナーフィー) | 毎月定額 | 契約により有無が分かれる。ミドルマーケットで月数十万円から、大企業マーケットでは月1,000万円から1,500万円程度 |
| 中間金(マイルストーンフィー) | 基本合意締結時など、案件完了前の一定の時点 | 50万円から200万円程度、または成功報酬の10から20パーセント程度。成功報酬の内金とすることが多い |
| 成功報酬 | 原則クロージング時。ただし最終契約締結時や基本合意締結時とする契約もある | レーマン方式または定額方式で算定 |
| 実費(アウトオブポケット費用) | 発生時または月次 | 出張旅費、資料購入費、専門家への照会費用など。成功報酬とは別に請求されることがある。上限や事前承認の要否を確認する |
水準は各社および時期によって異なります。あくまで目安として捉え、実際の金額は契約書で確認してください。
そしてアドバイザーへの支払いだけでM&Aの費用は終わりません。弁護士費用、デューデリジェンス費用、第三者に株式価値算定を依頼する場合の費用は、いずれも別途発生します。これらがアドバイザリー契約の業務範囲に含まれない理由は後述しますが、総額の見積りをつくる段階で並べておいてください。
特に注意が必要なのは成功報酬の発生タイミングです。買い手からすれば支払義務が生じるのはクロージング完了時だと思いがちですが、FA会社によっては、クロージング前の最終契約書締結時、あるいは基本合意締結時に発生するケースもあります。中小M&Aガイドラインも、成功報酬は主にクロージング時などの案件完了時に発生する、と幅を持たせた書き方をしています。
クロージング前に支払義務が生じる契約では、最終局面で条件が折り合わず撤退した場合にも報酬が発生し得ます。ここは契約書の文言レベルで確認してください。
破談時に何が戻り、何が戻らないか
見落とされやすいのが、案件が成立しなかった場合の扱いです。
着手金は、M&Aが成約に至らなかった場合でも返金されないのが通例です。中間金も同様に、基本合意まで進んだ後に破談となっても返還されないことがあります。
買い手の立場では、複数の案件を並行して検討し、その多くが途中で止まります。着手金や中間金のある契約を案件ごとに結んでいくと、成約しないまま費用だけが積み上がる構造になります。契約前に、破談時の返還可否を条項レベルで確認しておいてください。
逆に成約した場合は、着手金や中間金が成功報酬の内金として控除されることがあります。中小M&Aガイドラインは、着手金・月額報酬・中間金が成功報酬に含まれるか否かの確認も必要であるとしており、中間金については成功報酬に含まれるものとすることが多いと記しています。総額を見積もるときは、これらが加算されるのか控除されるのかを必ず確認してください。
契約書で必ず確認すべき8つの条項

報酬以外に、契約書で目を通すべき条項は次の8つです。
| 条項 | 確認するポイント |
|---|---|
| 業務範囲(スコープ) | 「支援」「助言」という表現で責任範囲が限定列挙される。期待する役割が入っているか。法律事務とデューデリジェンスの実施は通常含まれない |
| 専任条項 | 期間と範囲。他のアドバイザーへの並行依頼を禁じるもの。中小M&Aガイドラインは最長でも6か月から1年以内を目安とし、対象範囲は可能な限り限定されるべきとしている |
| テール条項 | 対象範囲と期間。契約終了後の一定期間内に成約した場合も報酬が発生する。FA実務の相場は1年から2年 |
| 直接交渉禁止条項 | 自社のロングリストと重複する候補の扱い。事前に整理しておかないと自社の活動が制約される |
| 秘密保持 | 秘密情報の定義と、開示できる相手の範囲。自社の弁護士・会計士・コンサルタントへの開示が認められているか |
| 契約期間と中途解約 | 自動更新の有無と、解約時の通知期間および費用負担。自動延長する契約では、終了を判断する節目の定義まで要る |
| 責任(免責) | 損害賠償責任が発生する要件と賠償額の範囲。意思決定の責任は自社に残る |
| 資金調達の優先権 | 買収資金の調達や買収後の再編を優先的に受託する機会を得る条項。金融機関系のアドバイザーに多い。優先権はあるが、提供義務は負わない |
業務範囲——何が含まれず、何が別料金か
最初に見るべきは報酬ではなく業務範囲です。アドバイザリー契約では、アドバイザーの責任範囲が「支援」「助言」といった表現で限定列挙されます。自社が期待している役割がそこに入っているかを確認してください。
買い手が誤解しやすいのは、含まれないもののほうです。基本合意書や最終契約書の作成は、原則として弁護士の仕事です。弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことを業とすることは弁護士法72条が禁じているため、アドバイザーが行えるのは条項の内容に対する助言までです。ガイドライン自身も、当事者間で生じた紛争の解決に向けた支援は非弁行為に該当しうるおそれがある旨を、契約前の説明対象に挙げています。規模の小さい案件でアドバイザー側がドラフトを提供することもありますが、それを前提に弁護士費用を見込まないでいると、後から予算が足りなくなります。
デューデリジェンスも同じです。中小M&Aガイドラインは、仲介者はデューデリジェンスを自ら実施すべきでないとしています。開示資料の整理やスケジュール調整といった支援は可能ですが、調査そのものは自社または別の専門家で手配することになります。
あわせて、実績期の財務分析、将来の財務モデルの作成、価値評価とそれに基づく交渉戦略の検討まで含まれるのかも、契約前に確認しておく価値があります。ここを明確に説明できないアドバイザーは、実務でも曖昧に動きます。
専任条項は6か月から1年が目安
専任条項は、並行して他の仲介者やFAへ依頼することを禁止する条項です。
中小M&Aガイドラインは、専任条項を設ける場合の契約期間は最長でも6か月から1年以内を目安とし、対象範囲は可能な限り限定されるべきだとしています。あわせて、正当な理由がない場合には、他の仲介者・FAにセカンド・オピニオンを求めることは許容されるとも述べています。
実務上は、この点を条項に書き込んでおくのが有効です。セカンド・オピニオンを求める場合を除く、といった例外規定を明示的に設けておけば、後から解釈で争う必要がなくなります。
テール条項は期間と対象範囲を見る
テール条項は、M&Aが成立しないままアドバイザリー契約が終了した後、一定期間内に当事者間でM&Aが行われた場合に、アドバイザーが手数料を請求できるとする定めです。
中小M&Aガイドライン(第3版)では、テール期間は最長でも2年から3年以内を目安とすることが求められており、対象となるM&Aは、基本的にその仲介者・FAが関与・接触し紹介した相手とのM&Aのみに限定されるとされています。さらに、単なる打診にとどまる場合は対象とすべきでなく、少なくともネームクリアを経た相手に限るべきだとしています。
なお、ガイドラインのこの記述は、譲り渡し側の自由な経営判断を損なわないという観点から書かれています。買い手が依頼者となる場合にそのまま適用されるものではありませんが、期間と対象範囲を限定すべきという考え方は同じように援用できます。
ここで注意したいのは、ガイドラインが示す2年から3年は上限であって標準ではないという点です。FA実務でのテール期間は1年から2年が一般的です。上限だけを知って交渉に臨むと、3年を妥当な水準として受け入れてしまいます。
買い手の場合、案件がある程度具体化した段階で契約を結ぶことが多いため、極端に広範なテール条項が問題になる例は多くありません。それでも、提供される役務の程度に見合った範囲になっているかは確認しておくべきです。相当程度の貢献がなされた場合に限る、といった限定を付ける方法もあります。
直接交渉禁止条項は自社リストとの重複に注意
自社でロングリストを作り、能動的にソーシングしている買い手ほど、直接交渉禁止条項には注意が必要です。
仲介会社から紹介された企業が、自社のリストに既に載っていた場合の扱いが曖昧だと、自前で開拓していた候補への接触が制約されかねません。中小M&Aガイドラインも説明事項として、依頼者自らが候補先を発見すること、および自ら発見した候補先との直接交渉を禁止する場合にはその旨と、制限される候補先の範囲を明示すべきとしています。
契約前に自社リストとの重複を確認し、既にアプローチ済みの企業は対象外とする、といった整理をしておいてください。
自社リストの作り方と持ち込み案件の扱いについては、M&Aの持ち込み案件|5分で見送りを判断する3段階ゲートで解説しています。
秘密保持は存続期間より「開示できる相手」を見る
秘密保持条項で買い手が確認すべきは、存続期間よりも開示できる相手の範囲です。
買い手はデューデリジェンスのために、弁護士、会計士、税理士、コンサルタントへ情報を渡す必要があります。開示可能先に自社の外部アドバイザーが含まれていなければ、契約した直後に実務が止まります。株式譲渡契約の標準的な条項でも、自己の役員や従業員、ファイナンシャル・アドバイザー、弁護士、公認会計士その他のアドバイザーへの開示は、同等の秘密保持義務を負うことを条件に認められる形になっています。アドバイザリー契約でも同じ整理になっているかを見てください。
あわせて、秘密情報の定義に情報提供者の特定が含まれるかも確認しておくと安全です。
契約期間は「終了を判断する節目」まで決める
有効期間は数か月から1年程度が一般的です。ただし、交渉が継続していれば自動延長される契約が多くあります。
問題は、その延長がいつ終わるのかです。最終契約の締結時か、クロージングの完了時か。終了を判断する具体的な節目が定義されていない契約では、案件が長引くほど月額報酬が積み上がります。中途解約の通知期間と、解約時に既発生の報酬をどこまで支払うのかも、あわせて確認してください。
免責条項——意思決定の責任は自社にある
見落とされやすいのが免責条項です。
一般的な条項では、アドバイザーは故意または重過失を除いて免責されます。買収に関する意思決定はあくまで企業側の責任であり、案件が成就しなかった場合でも、基本的にアドバイザーは責任を負いません。
助言を受けていることと、責任が移ることは別です。中小M&Aガイドラインも契約締結前の説明事項として、損害賠償責任が発生する要件と賠償額の範囲を挙げています。あわせて同ガイドラインは、こうした条項を依頼者に説明することと、その条項に法的な効力が認められるかどうかは別問題であるとも付言しています。
確認すべきは、賠償額に上限が付いているか、上限があるとしてそれが支払った報酬額の範囲に収まっているか、という点です。
資金調達の優先権——次の借入の選択肢が狭まる
ほとんど語られませんが、金融機関系のアドバイザーと契約する場合に必ず見るべき条項があります。資金調達の優先権です。
買収資金の調達や買収後の資本再編について、そのアドバイザーが優先的に受託する機会を得る、という定めです。金融機関系のFAでは盛り込まれることが多い条項です。
買い手にとっての意味は2つあります。1つは、買収ファイナンスの条件を他行と比較しにくくなること。買収金額が大きければ、金利差は成功報酬より大きな金額になります。もう1つは、優先権があってもアドバイザー側にその業務を提供する義務はないという点です。優先的に声をかける義務は自社に生じ、応じる義務は相手に生じない。この非対称は契約前に認識しておくべきです。
連続的にM&Aを行う方針であれば、この条項が将来の案件にどこまで及ぶのかもあわせて確認してください。
誰が担当するのかを契約で特定する
報酬と条項を詰めても、結果を左右するのは担当者です。
大手のアドバイザリー会社であっても、実際に案件を担当するのは数名です。M&A専門会社では、会社間の差より担当者間の能力差のほうが大きい場合もあります。目安としては、主担当として10件以上を経験している担当者を選びたいところです。M&Aは予期せぬ事態の連続で、困難な局面でこそ場数の差が出ます。
中小M&Aガイドラインは契約締結前の説明事項として、担当者の保有資格と経験年数・成約実績を挙げています。説明を求める根拠はあるということです。契約では、主担当者を特定できるか、交代する場合に事前の協議を要するかまで決めておいてください。折り合いが悪いと感じたら、早い段階で交代を求めるべきです。信頼関係のないまま進む案件は、まとまりません。
買い手に交渉余地があるのはどこか

契約条件は提示されたものをそのまま受け入れるしかない、と考える必要はありません。実務上、次の点は交渉の対象になり得ます。
- 業務範囲:期待する役割が明記されているか。含まれない業務(法律事務、デューデリジェンスの実施)の切り分けを確認する
- 報酬方式:レーマン方式ではなく定額方式とすること。買い手側の利益相反を根本から外せる
- 報酬の基準額:移動総資産額ではなく譲渡額とする、あるいは負債の取り扱いを限定する
- 最低報酬額:想定する案件規模に見合った水準への調整
- 着手金と中間金:無料化、あるいは成功報酬への充当(内金化)
- 専任条項の期間と範囲:期間の短縮、対象案件の限定、セカンド・オピニオンを求める場合を除く旨の明記
- テール条項:期間の短縮、対象を実際に紹介を受けた企業に限定すること、相当程度の貢献があった場合に限る旨の限定
- 直接交渉禁止条項の除外範囲:自社リストに既載の企業を除外すること
- 免責条項:賠償額の上限を、支払った報酬額の範囲に収めること
- 資金調達の優先権:対象を当該案件に限定すること。将来の案件に及ばないようにすること
- 担当者:主担当者の特定と、交代する場合の事前協議
- 実費:上限額の設定、または事前承認を要する金額の設定
すべてが通るわけではありませんが、交渉の余地がある論点だと知っているかどうかで、結果は変わります。
そして交渉の前提は比較です。1社の提示条件しか見ていなければ、どこが相場から外れているのか判断できません。実績、報酬水準、情報提供力、ターゲット企業との関係を並べて、複数社から条件を取ってください。特に継続的にM&Aを行う買い手であれば、包括的な条件で複数案件をカバーする形も含めて相談する価値があります。
制度が求める説明義務

契約条件を確認する上で、制度の後押しがあることも知っておいてください。
中小企業庁は2023年9月の第2版改訂で、仲介者やFAに対し、契約締結前に契約に係る重要な事項を記載した書面を交付して明確に説明することを求めました。説明すべき事項も具体的に列挙されています。仲介者とFAの違い、提供する業務の範囲・内容、担当者の保有資格と経験年数・成約実績、手数料に関する事項、手数料以外に依頼者が支払うべき費用、秘密保持、直接交渉の制限、専任条項、テール条項、契約期間と中途解約、責任(免責)。報酬体系も、本記事で挙げた主要な条項も、すべてこの説明対象に含まれます。
2024年8月の第3版改訂では、この説明義務がさらに具体化されました。手数料と提供業務の詳細な説明、広告・営業に係る規律、利益相反の禁止事項、ネームクリアとテール条項の規律などが追記されています。なおガイドライン自体は法的拘束力を持つものではなく、M&A支援機関登録制度において登録支援機関に遵守宣言を求めることで実効性が担保される構造です。第3版は、登録支援機関が遵守宣言をした日の翌営業日から適用され、宣言をしなかった場合でも2025年1月から適用されています。
手数料については、成功報酬の報酬率だけでなく、報酬基準額(譲渡額、純資産、移動総資産など)、最低手数料の額、報酬の発生タイミング(着手金、月額報酬、中間金、成功報酬)を書面で交付して説明しなければならないと明記されています。本記事で挙げた確認事項は、いずれも説明を求める根拠がある項目だということです。
あわせて第3版では、仲介者が行ってはならない利益相反行為が具体化され、5つの行為が特定されました。これらを行わない旨を、仲介契約書において仲介者の義務として定めなければならないとされています。譲り受け側から追加の手数料を得て便宜を図る行為、リピーターとなる依頼者を優遇する行為、一方当事者にとってのみ有利または不利な情報を認識した場合に当該当事者へ伝達せず秘匿する行為などが挙げられています。
また仲介者については、バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)とデューデリジェンスという、一方当事者の意向を踏まえた内容となりやすい工程の結論を決定しないことが求められ、デューデリジェンスについては自ら実施すべきでないとされています。ただし、実施者の下で開示資料の整理やスケジュールの調整を行うなど、調査内容の検討や評価・判断に影響しない範囲の支援は可能とされています。
買い手にとっての実務的な意味は2つあります。1つは、仲介者が示した企業価値評価を結論として当てにできないこと。もう1つは、デューデリジェンスは自社または別の支援機関で手配する必要があり、その費用を別途見込んでおく必要があることです。
つまり、契約前に条件の説明を求めることは、買い手のわがままではなく制度が想定している手続きです。不明点は遠慮なく確認してください。
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html)、経済産業省「中小M&Aガイドラインを改訂しました」2024年8月30日(https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240830002/20240830002.html)
よくある質問
M&Aの手数料はどのように計算されますか?
成功報酬はレーマン方式で算定されるのが一般的です。取引金額を段階に分け、金額が大きくなるほど料率が下がる仕組みです。ただし料率をかける基準額が譲渡額か純資産額か移動総資産額かによって支払額は大きく変わるため、契約書の定義を確認する必要があります。FAや大型案件では、株式価値に有利子負債を加えた企業価値を基準とする考え方も使われます。
買い手はレーマン方式を受け入れるべきですか?
必ずしもそうではありません。レーマン方式は取引金額が大きいほど報酬が増えるため、安く買いたい買い手とアドバイザーの利害は逆を向きます。これを回避する最も直接的な方法が、成功報酬を定額方式にすることです。中小M&Aガイドラインも、譲り受け側については定額など異なる算定方法とすることもあると記しています。案件規模の見通しが立っているなら、料率を削る交渉よりも方式そのものを変える交渉のほうが効きます。
最低報酬額は必ず発生しますか?
多くのアドバイザリー契約で設定されています。取引金額が小さい場合、レーマン方式で計算した金額より最低報酬額が上回ることがあり、その場合は最低報酬額が実質的な報酬になります。水準はプレーヤーによって大きく異なり、地方銀行の数百万円から外資系投資銀行の2億円から3億円程度まで幅があります。想定する案件規模と桁が合っているかを、料率より先に確認すべき項目です。
着手金は返ってきますか?
成約に至らなかった場合でも返金されないのが通例です。中間金も基本合意後に破談となった場合、返還されないことがあります。複数案件を並行検討する買い手は、成約しないまま費用が積み上がる構造になり得るため、破談時の扱いを事前に確認してください。逆に成約した場合は成功報酬の内金として控除されることが多いため、加算されるのか控除されるのかもあわせて確認が必要です。
テール条項の期間はどれくらいが妥当ですか?
FA実務では1年から2年が一般的です。中小M&Aガイドライン(第3版)は最長でも2年から3年以内を目安とすることを求めていますが、これは上限であって標準ではありません。対象も、当該業者が関与・接触して紹介した相手に限定すべきとされ、単なる打診にとどまる場合は対象とすべきでないとされています。これを大きく超える期間や、紹介を受けていない企業まで対象に含む条項は、範囲の見直しを求める根拠があります。
仲介者とFAのどちらに依頼すべきですか?
買い手として自社の利益を最大化したいなら、自社側に立つFAが基本です。仲介者は双方から手数料を受け取るため構造的に利益相反を抱えます。当事者が上場企業であれば株主による監視も働くため、仲介パターンでの起用は原則として避けるべきです。持ち込み案件では、案件情報と売り手との関係を持っている機関を外すことはできません。ただし関与の形と自社側に誰を立てるかは選べるため、案件に興味を示す段階でこの点を確認しておく必要があります。
アドバイザリー契約の条件は交渉できますか?
交渉の対象になり得ます。業務範囲、報酬方式(レーマン方式か定額方式か)、報酬の基準額、最低報酬額、着手金や中間金の有無、専任条項の期間と範囲、テール条項の期間、直接交渉禁止条項の除外範囲、免責条項の賠償上限、資金調達の優先権の範囲などが代表的な論点です。すべてが通るとは限りませんが、論点として認識しているかどうかで結果は変わります。
契約書に「資金調達の優先権」が入っていました。問題ありますか?
金融機関系のアドバイザーでは一般的な条項です。買い手にとっての問題は2点あります。1つは買収ファイナンスの条件を他行と比較しにくくなること、もう1つは優先権があってもアドバイザー側に業務提供の義務はないという非対称です。対象を当該案件に限定し、将来の案件に及ばないようにすることが交渉の論点になります。
弁護士費用やデューデリジェンス費用はアドバイザリー報酬に含まれますか?
通常は含まれません。契約書の作成は弁護士の業務であり、アドバイザーが行えるのは条項への助言までです。デューデリジェンスについても、中小M&Aガイドラインは仲介者が自ら実施すべきでないとしています。総額を見積もる際は、アドバイザー報酬に加えて弁護士費用、デューデリジェンス費用、実費、消費税を並べてください。
まとめ
M&Aアドバイザリー契約で見るべきは、料率の数字ではありません。
第一に、そもそもレーマン方式で受けるのかどうかです。買い手にとってレーマン方式は利益相反を抱えた構造であり、定額方式への変更が交渉の第一手になります。第二に、レーマン方式を受けるなら、その料率を何に掛けるのかという基準額の定義です。譲渡額か移動総資産額かで、同じ案件でも報酬は2,000万円変わります。第三に、小規模案件では最低報酬額が実質的な報酬を決めます。第四に、支払総額は成功報酬だけで決まりません。実費、消費税、弁護士費用、デューデリジェンス費用は業務範囲の外にあります。第五に、業務範囲、専任条項、テール条項、直接交渉禁止条項、資金調達の優先権は、契約終了後や自社の活動範囲、次の借入にまで影響します。
今日できることを1つ挙げるとすれば、手元にある契約書または雛形で、報酬の基準額がどう定義されているかを確認してみてください。そこが分かれば、他の条項も同じ目線で読めるようになります。
そもそも仲介とFAのどちらに何を依頼するかについては、M&A仲介とFAの違い|買い手目線の使い分けと契約の注意点で整理しています。プロセス全体のなかでの位置づけは、M&Aの進め方|検討からPMIまで8つのフェーズと判断軸をご覧ください。
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参考文献
本記事の実務論点の整理にあたっては、下記を参照しました。
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
- 経済産業省「中小M&Aガイドラインを改訂しました」2024年8月30日 https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240830002/20240830002.html
- 木俣貴光『企業買収の実務プロセス』
- 宮崎淳平『会社売却とバイアウト実務のすべて』
- 久野雅志『最強のM&A』
- 塩野誠・宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編』
執筆者
水野 貴弘(株式会社ISSUE RESEARCH & TECHNOLOGIES 代表取締役)
野村証券に新卒入社後、上場企業グループのCFOとして中期経営計画策定、M&Aおよび資本業務提携の戦略立案と実行、上場準備、子会社2社の事業立ち上げを担当しEXITまで推進。YCP Solidianceではファイナンス・戦略チームに所属し、M&Aおよび投資関連プロジェクトを中心に推進。